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東京高等裁判所 昭和31年(行ナ)31号 判決

原告 任天堂骨牌株式会社

被告 合資会社大石天狗堂本店

主文

昭和二十九年抗告審判第一、〇一〇号事件について、特許庁が昭和三十一年六月五日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、被告は登録第三八四八五六号商標の商標権者であつて、右登録商標は、別紙図面に記載するように、アブラハムリンカーンの肖像を中央に描き、その上方に「President Abraham Lincorn」の文字を三行に横書にし、また肖像の左方に「アブラハムリンカーン大統領」の文字を三行に縦書にして構成され、昭和二十五年五月三十日第六十五類鞠、碁、将棋、人形、独楽、弓、球突具、押絵、骨牌、野球具、庭球具、卓球具、撃剣、柔道具を指定商品として登録されたものであるが、右商標は、「大統領」の文字を縦書にして成り、第六十五類骨牌一切、押絵玩具を指定商品として昭和六年一月七日登録、昭和二十五年十月十一日存続期間更新登録がなされ、かつ、骨牌についての商標として被告の右登録出願以前から取引界に周知著名であつた原告の登録第二二一二五六号商標と類似し、指定商品が牴触するので、原告は昭和二十八年十一月九日被告を被請求人として、被告の右第三八四八五六号商標の登録は、商標法第二条第一項第九号及び第十一号に違反し、無効とすべきであるとの審判を請求した(昭和二十八年審判第四〇九号事件)。しかるに昭和二十九年四月十五日原告の申立は成り立たない旨の審決がなされたので、原告は、同年五月二十八日右審決に対し抗告審判を請求したが(昭和二十九年抗告審判第一〇一〇号事件)、特許庁は、昭和三十一年六月五日再び原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同月二十六日原告に送達された。

二、右審決の理由とするところの要旨は、次のとおりである。

すなわち審決は両商標の構成を認定した上、先ず両者はその外観において相違することはいうまでもない。また被告の登録商標からは、「リンカーン」、「アブラハム・リンカーン」、「リンカーンダイトウリヨウ」、「アブラハム・リンカーンダイトウリヨウ」及び「ブレジデツト・エイブラハム・リンコーン」の称呼並びに「リンカーン」、「リンカーン大統領」及び「アブラハム・リンカーン」の観念を生ずるのが取引上の常識である。

これに対し原告の登録商標からは、「ダイトウリヨウ」の称呼及び「大統領」の観念を生ずる。そして前者がその構成の一部に「大統領」及びPresidentの文字を含んでいるからといつて、これからは「大統領」印の称呼及び観念を生ずるものとは認め難い。

「すなわち後者が共和政体の国家の元首の一般的称号である大統領の文字のみからなるに対し、前者は本邦においても、その業績、人格等について弘く一般に知られ、かつ親しまれているアブラハム・リンカーンという具体的な人物を示すもので、取引者及び需要者は、本件商標から直ちに、このアブラハム・リンカーンその人を想起すること疑いのないところであるから、単にその肩書として附されたものに過ぎない大統領又は「President」の文字から「大統領」印の称呼観念を以て取引されるとすることは、在来の経験則に合致しない。」また被告の登録商標中に「大統領」の文字を有し、また原告の登録商標が、商品骨牌について、被告の登録出願前から取引界において周知署名であつたとしても、両者の類否については、前述のように頗る顕著な差異があるから、両者はこれをその指定商品について使用される場合においても、商品の出所について混同又は誤認を生せしめる虞はない。

三、しかしながら右審決は次の理由により違法であつて、取消されるべきものである。

(一)  原告任天堂は、明治二十二年の創業にかかり、花札、株札、虫札、トランプ等一般骨牌類製造販売を業とする老舖であつて、現在は任天堂骨牌株式会社として、旧来の営業を継続している。そして業績は年を経るに従つて隆盛に赴き、その製造販売数量は、国内総製造販売数量の過半を占め、残りの数量が他の同業数社によつて製造販売されている実情である。

原告は、前述のように、昭和六年一月七日「大統領」の文字で構成される商標について、第六十五類骨牌一切、押絵玩具を指定商品として登録第二二一二五六号を以て登録を受け、その後更新登録を行い、引続き現在にいたるその商標権者であるが、右商標は、登録出願の当初から原告会社の被承継商店により使用せられ、古く広く売り込まれた商標であり、花札、株札、虫札、メクリ札の類の各一級品に使用され、顧客に愛用され、卸小売店も店頭に切らすことのできなかつた商標である。この商標によつて原告製造販売骨牌の一級品が他社の製造販売にかかる骨牌と区別されて来た。小売店の店頭に吊す吊看板も、一番上に原告の右「大統領」の商標を表わされた札板が連結されないと花札、株札等の看板とならぬ程にまでに、売り込まれ古く広く認識された商標である。

しかるに被告会社は、この「大統領」に類する、否これに包含される観念を有する本件商標を昭和二十二年三月十七日に出願して、昭和二十五年五月三十日に登録を受けた。右出願の時期は、戦後なお物質不足の時期で、販売業者は、他品と抱合せでもよいからと原告会社から「大統領」印骨牌の卸を乞う状態で、「大統領」印が最も要望され、この印でなければ売れなかつた頃である。右出願は当初、以前被告会社に勤務したことのある訴外今枝善陸名義でなされ、登録後一年ならずして被告会社に譲渡された。

被告会社がこのような誤認混同を来す虞のある商標を採択した理由は、被告会社において商品の売買及び取引上誤認混同を希求するからに外ならない。本件商標が、落書にもひとしく、実際上商標としての態をなしていない事実、「大統領」なる文字を併記し、これを略称すれば「大統領」となるように仕組んである事実、出願の時期が「大統領」印でなければ、骨牌の売れなかつた当時である事実、元社員の今枝名義で出願する細工をしている事実等に鑑みれば、不正競争の意図を有する事実は歴然たるものがある。

商標法は不正競争の防止を目的とする法律である。商標の審査は固より、登録無効の審判及び抗告審判においては、不正競争の意図の有無についても、商標法第二条第一項第十一号該当の主張に関し、鑑考されるべきである。しかるに本件において、審決がこれを閑却したのは、審理の不尽を示すものである。

(二)  商標法第二条第一項第九号及び第十一号の関係において、両商標の類否判定をするには、所を隔て時を隔てて、いわゆる隔離的観察によらなければならないのに、審決は、隔離的に観察せず、対比的に仔細綿密に観察している。

商標の類否判断は、その商標間に需要者又は取引者の誤認混同を来す虞の有無により決定すべきものである。その世人の標準は、左程智能の高級でない人、左程注意力の周到綿密でない人におかれるのを相当とする。所を隔てて注意が届かず、時を隔てて記憶の薄らぐ観察、すなわち慢然たる隔離的観察を要する上に、なおこの智能注意力の標準に基かなければならない。需要が使用者によつても行われ、取引が丁稚小僧によつても行われる実情に鑑み、迅速を尚ぶ取引、略称の行われ勝ちな取引の実情に省みるときは、商標の慢然たる記憶、簡単な略称の蓋然性は、十分に考察されなければならない。

この見地に立つて被告の本件商標と原告の商標との類否を判定せんとするとき、前者が慢然「大統領」と観念され、「大統領」と略称されて、後者の「大統領」と符合し、少なくとも誤認混同されることはむしろ必至で、少なくとも、そのおそれは十分である。

被告の本件商標が、商標法第二条第一項第九号または第十一号に該当し、無効とせられるべきことは明白である。

(三)  原告は前述の登録商標「大統領」(登録第二二一二五六号)の連合商標として、登録一二五〇七〇号、第一七一一九三号、第二一一一一八号、第二一一一一九号、第二一一一二〇号、第二一三四八五号、第二一四六三三号、第二二二五四六号、第二三五六六八号及び第二三七九五九号の各商標を有しているが、これらのうちには「ナポレオン大統領」またはナポレオンらしい図形の結合された商標がある。原告会社は、前述のように、古くからその商標「大統領」を登録し、かつ古く広く花札、株札の類に使用して深く売り込んでおり、その連合商標「ナポレオン大統領」をトランプ類に古くから使用し広く深く売り込んでいるのに、「リンカーン大統領」なる商標を花札、株札の類に使用する者が出現したならば、「ナポレオン大統領」トランプの姉妹品として誤認混同されることは必然であり、少くともそのおそれはある。或いはまた金リス印バターと銀リス印バターのように、等級の差を示す同一出所の製品と世人に認識されるであろう。

これらの点からも、本件商標が、前示法条により無効とせられるべきは明白である。

(四)  審決はリンカーンは本邦においても有名であるから、リンカーンといえばリンカーンその人を想起するというが、リンカーンが大統領として有名であればこそ「大統領」を想起し、「大統領」とも略称される虞があり、畢竟「大統領」と類似なのであり、少なくとも「大統領」と誤認混同されるおそれがある。

もし被告会社に不正競争の意図がないならば、同業者である原告により広く売り込まれた登録商標「大統領」に無関係の商標を採択する筈であり、又真にリンカーンの名そのもののみを商標とするならば、「大統領」とか「President」とかの文字を付加する必要はない。かかる文字を記入しておいて、「大統領」と紛らわしくし誤認混同を生じめる意図が見え透いている。また本件商標を捨石とし、次にはその連合商標として、「リンカーン大統領」の如き文字商標その他「大統領」に一層接近した商標を登録する意図も推測される。不正競争を合法化するための商標法的常套手段である、かかる常套手段に屡々乗ぜられるのは、商標類否の判定を隔離的観察によらなければならないのを原則的に識りながら、何時とはなしに対比的観察に陥るか、隔離の程度が不十分であるからである。

(五)  原告の登録商標「大統領」は、業界はもとより一般需要者層においても著名であるだけ、世人の認識は、大統領の先入観念にのみ執着して、それが「ナポレオン」であろうと「リンカーン」であろうと、大統領と認識観念される限り(ナポレオンは、仏蘭西皇帝に就任前「統領官」」と飜釈される地位にあつたが、かかる名称を知る者は少なく一般世人は「大統領」といい、またかく解して差支えないものである。)すべて大統領と指称され取引されるものであることは、心理学的にもいい得る。およそ商品の市場における取引は、商標を媒介として行われる。従つて本件の商品についていえば、商標「大統領」が取引者需要者間に熟知せられ著名となれば、当該商標には最大の信用が置かれ、その商標と何等かの関係を認め得るような商標を使用した商品が市場に出ると、その商標は前記著名商標使用した商品と同一の出所から流出するかの如き観を呈する。右のような誤認を世人に与え得る蓋然性があれば、そのことに対する理論上の判断は別として、当該商標はいわゆる出所の誤認混同を生ずる虞があるものとして登録を認めないのが、商標法第二条第一項第十一号の法意である。従つて本号の判断においては、競業関係に立つ商標、商品の類似に限定されないとともに、理論的に比較して決すべきものでもなく、一つの推定観念であり、取引者需要者の実情によつて認定さるべきものである。従つてそのような推定や認定が厳格にいえば誤であり、かかる世人の認識が当を得て居らなかつたとしても、そのような推定認定を理論的に非難することは、右法条の法意に反する。それは飽迄商標相互の連想作用より同一出所を予測する世人の認識が現実的になされる限り、右法条の適用がなければならない。換言すれば、その商標を使用する商品の出所における何等かの存在が暗示せられ、連想せしめられ、誤認せしめられる限りにおいては、商品の出所につき混同を生ずる虞あるものとして本号の適用が可能となる。

原告の登録商標「大統領」は一級品であることは、業界はもとより、一般需要層にも周知認識せられ、良質であるという点等に高度の信用を有するものである。しかもこの商標使用の商品花札は、原告の生産販売面における大宗をなすものであり、世人は大統領はもとより、大統領に関連ないし想起せられる商標は、そのいずれもが原告の出所を指示するものとして取り扱われているのが取引の実情である。この点は被告もよく知るところであり、被告の本件商標は「アブラハムリンカーン」大統領であつても、世人の認識は大統領印として呼称され、取り扱われるものであることの予想のもとに、被告の本件商標の使用態様は登録そのものではなく、原告の本件登録商標「大統領」の連合商標であり、原告商標の使用態様に模した図形等の配置による商標構成としている点、被告の本件商標を使用した花札を販売する訴外川菱商行が業界に頒布している値段表には、単に「大統領」と記載され、同店の右花札販売の領収証にも単に「大統領」と表示している事実等によれば、本件商標の世人の認識が「大統領」であることを、被告また自認していることを物語るものである。

第三被告の答弁

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。

二、同三の主張は、これを否認する。

(一)  被告所有の本件登録第三八四八五六号商標は、別紙記載のようなその構成からして、その中央に記載された肖像の特徴ある風貌を一見すれば、上方及び左方の文字をまつまでもなく、何人も、普通の成人はもとより、小学生、中学生の少年と雖も、かの奴隷開放のために倒れた歴史上の偉人として、伝記、物語、小説、劇、映画、写真等によつて広く知られ、また親しまれている「アブラハム・リンカーン」その人を現わしたものであることを容易に判断し得るところである。従つて被告の本件商標からは、「リンカーン」、「アブラハム・リンカーン」「リンカーン大統領」アブラハム・リンカーン大統領の称呼及び観念を生ずるものとみるのが取引の実際に即した常識である。これに対し原告の登録第二二一二五六号商標は、その構成からみて「ダイトウリヨウ」及び「大統領」の称呼、観念を有することは疑ない。

よつて前者が、その構成の一部に「大統領」及び「President」の文字を含んでいるからといつて、「大統領」印の称呼及び観念を生ずるものと認められるべきではない。後者の「大統領」は共和政体の国家の元首の一般的称号である大統領のみでなく、人気俳優、人気力士等に対し賞讃する言葉として普通使用せられることは、われわれが日常しばしば見聞するところであつて、各場合場合に色々の意味を持ち、一定の意味を持たない抽象的な普通名称に過ぎない。この点において北米合衆国第十六代大統領として特定人である「アブラハム・リンカーン」なる称呼観念を持つ被告の登録商標とは、根本的に別異の商標であることは明白である。

原告は「大統領」は共和政体の国家の元首の称号とのみ断定しておるが、上述のように他の観念をも有しておることが経験則上明瞭であるから、この点において根本的な誤認を犯しておるものといわざるを得ない。

(二)  原告は個人営業として明治二十二年の創業に係る旨を述べているが、被告は個人営業として寛政年間に創業し、会社組織に改めた現在にいたるまで実に百五十年の久しきに亘り、花札等骨牌の同種営業を継続し、取引者、需要者間に信用絶大であつて、京都地方の経済発展のため貢献寄与し、その社会的信用も絶大である。

原告が被告会社が小会社であり、大会社である原告会社の商標に便乗し、不正に使用する意図があるように主張しているのは、全くの虚構である。

(三)  被告の本件登録商標が、当初訴外今枝善陸の出願にかかり、登録後被告会社が譲り受けたものであることはこれを認めるが、同人は被告の従業員であつたことはない。

原告は被告の本件商標が落書にもひとしく、実際上商標としての態をなしていないと称するが、商標の表現の巧拙はもとより問うところにあらず、要は自他商品区別の標識であれば足り、本件商標が肖像を一見して「アブラハムリンカーン」その人であることが明瞭に表示されており、このことは本件商標に関する特許庁の査定、審決からも明白である。

更に原告は被告の本件登録商標が、「大統領」と略称されるおそれがあると主張するが、被告にはこの意思及び事実はない。仮りに「大統領」と附記変更して実施したとすれば、この事実に基き、商標法第十五条の規定により、商標登録取消の審判を請求すれば足り、未然性のものを必然的事実とする主張は、原告の錯覚以外の何ものでもなく、その失当であることは明白である。

原告はまた本件両商標を比較対比するには離隔的観察に基かなければならないし、迅速を尚ぶ取引上略称の行われる実情をも考慮すべき旨を主張するが、被告の本件登録商標は、構成上何人も一見して「リンカーン」と知り得る、眼光鋭くひげの濃い面長な特徴のある容貌の正面上半身を描いた人物像が、先ず人目をひくから、原告のいう離隔的観察をすればするほど、単なる「大統領」の文字のみからなる原告の登録商標とは判然区別される。又取引上略称されるとすれば、歴史上の偉人である「リンカーン」その人に親しみを感じている取引者、需要者は、「大統領」などと略称することなく、「リンカーン」と略称することは経験則上明白である。

例えばアメリカ第一代の大統領「ジヨージワシントン大統領」を呼ぶのに、われわれは決して「大統領」とは称せず、「ワシントン」と略称するのが常識である。

(四)  原告は被告の本件登録商標が、原告所有の商標「ナポレオン大統領」と類似すると主張しておるようであるが、原告は本件審判請求書において、その申立の理由を、被告の本件登録商標が、原告の有する登録商標「大統領」の文字からなる登録第二二一二五六号と類似することをのみいつており、右「ナポレオン大統領」と類似する旨の主張は、全然なしていないから、これを引いて被告の登録商標との類否を云々することは、本件訴訟においては許されない。そればかりでなく「ナポレオン大統領」は歴史上の実在人物でない。原告主張の「ナポレオン」は恐らく「ナポレオン一世」すなわち「ボナパルト・ナポレオン」を指すものと思われるが、同人はフランス国皇帝であつて、大統領ではない。すなわち大統領「ナポレオン」は実在人物ではなく、架空の人物であるから、右商標も「大統領」又は「DAITORYO」の文字を要部とする。

これに反し被告の登録商標の「アブラハム・リンカーン大統領」は、前述のように、わが国においても広く知られた有名な歴史上実在の人物像を要旨とするから、前記原告の登録商標とは非類似であること勿論である。

(五)  原告は原告の登録商標「大統領」は、原告の所有商標として周知であるから、被告が本件商標を使用するときは、出所に付き混同誤認を来たすと主張するが、両商標自体が非類似であるから、出所に混同誤認を生じないのみならず取引の実際においても、骨牌の取引には必ず製造家の商号家号略称或は代表的商標を冠して需要される慣習がある。これは骨牌製造家が極めて少数であり、それぞれ多年の老舖を有している関係からと思われる。わが国における骨牌製造家の主なものは、京都においては原告、被告及び日本骨牌製造合資会社、大阪においてはユニバーサルトランプ株式会社等五指を屈する程度であつて、取引される時は、原告の製品は「〈福〉(マルフク)の大統領」「〈福〉のお多福」被告の製品は「大石の金天狗」「大石のリンカーン」、日本骨牌製造合資会社の製品は「(カネナカ)の○○○」、ユニバーサルトランプ株式会社の製品は「ユニバーサルの○○○」といつて取引されているように、他の商品とは著しく異なる特殊の取引慣習があるから、出所につき混同誤認されることはない。

また骨牌においては、容器に商標を表示する外、容器とは別にその製品の一組の一枚又は二枚に必ず製造家の商号、略称、家号を印刷する慣習がある。すなわち花札には桐のカスに、トランプにはスペードのAに商号、家号、略章等の標章を印刷しておるから、取引者、需要者は、製造家が何人であるかを知ることができ、出所に付き混同誤認を生ずるおそれがない。

(六)  原告は被告の実施商標が、原告の本件登録商標及びその連合商標と類似すると主張するが、被告の右実施商標は、本件登録商標を明示しておるばかりでなく、被告の所有する著名商標である登録第六九五九号の「天狗面」の商標をも表示しているものであつて、原告の本件登録商標と非類似であることは議論の余地がない。もしかりに被告が原告主張の如き意図があるならば、何が故に本件商標の上に更に被告の数多の商標中最も周知の商標である、前記「天狗面」の商標を表示するのであろうか。この事実を以てしても、原告の主張がいかに詭弁であるかが証明される。

また原告は訴外川菱商行の値段表及び納品書について云々しているが、川菱商行がいかなる理由で、これらの書面に「大統領」と表示したかは、被告の毫も関知しないところである。被告が本件は登録商標を商品花札について、商品認別の標章として適正に実施している以上、その商品を購入して販売する商人川菱商行がたとい故意又は過失によつて値段表又は納品書に、被告の本件商標と異る表示をしたとしても被告はこれが責を負うべきものではない。しかもこの納品書によつて取引されたとする商品の中「大統領」の分は僅に一個にすぎず、この程度を以つてしては、未だ商標の混同誤認を生じたとはいえない。経験則によれば、取引は商品の認識である商標自体により、商品を取捨選択して行われ、値段表又は納品書によつて行われるものではない。

これを要するに被告の本件登録商標と原告の「大統領」の登録商標とは非類似であり、取引の実際においても、また骨牌の商標以外骨牌自体の表示においても、商品につき出所の混同誤認を生ずるおそれはないものであるから、たとい原告の本件商標が著名商標であり、かつ訴外川菱商行が不正競争の意思があつたとしても、これらの事実のみにより、被告の本件登録商標が、商標法第二条第一項第十一号に該当しないことは明白で、原告の主張はすべてその理由がない。

第四証拠(省略)

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない事実と、その成立に争いない甲第三号証及び甲第一号証を総合すると、本件において無効審判の対象となつた被告の登録第三八四八五六号商標は、別紙記載のように、極めて稚拙ではあるが中央にアブラハムリンカーンの正面を向いた半身の肖像を描き、その上部に「President Abraham Lincorn」の文字を三段に分けて横書にし、肖像の顔の左側に「アブラハムリンカーン大統領」の文字を三行に分けて縦書にして構成されており、また原告が引用した原告の登録第二二一二五六号商標は、別紙記載のように「大統領」の文字を横書体で縦書にして構成され、両商標は、その指定商品において互に牴触しているものであることが認められる。

三、よつて右両登録商標が類似するものであるかどうかについて判断するに、両商標がその外観において類似するものでないことは、多くいうをまたない。

次いでその称呼及び観念についてみるに、被告の商標は、その構成上、「アブラハムリンカーン大統領」と呼ばれることは疑のないところであるが、当裁判所が真正に成立したと認める乙第九ないし第二十号証によれば、右商標が「アブラハム」の部分を省略して、単に「リンカーン大統領」又は「リンカン大統領」と呼ばれていることも容易に認められる。しかしながら証人沢井末造、大矢健治郎、平井英夫、駒井徳造の各証言とこれらの証言によつて真正に成立したと認める甲第十九、第二十号証、甲第三十、第三十一号証の各一、二、甲第三十二、第三十三号証及び検甲第一号を総合して考察すれば、被告の本件登録商標を実施したレツテルを使用した商品花札がその取引者及び需要者の間において、更に「リンカーン」の部分をも省略して、単に「大統領」の称呼を以て指称され、表示されていることを認めていることができる。

してみれば被告の右登録商標は、被告代理人の主張するように、「アブラハムリンカーン大統領」又は「リンカーン大統領」と呼ばれ、アメリカ合衆国の大統領であつたアブラハムリンカーンの観念を持つばかりでなく、すでに被告の自認する「アブラハム」の省略によつても知られるように、迅速簡明を尚び、また本件商標のように長い名称の商標については必ずしもその全構成によらず、その一部の略称を以て、この商標を付した商品を取引、購買することの多い、その指定商品花札等の取引者、購買者等の実情を念頭において考察すれば、被告の本件登録商標は、その取引上また単に「大統領」の称呼を以て呼ばれ、また「大統領」印として記憶されることの決して少なくないことも、容易に理解される。

被告の登録商標は、このように、原告の引用にかかる登録商標「大統領」と、この点において、その称呼及び観念を同一にして、甚だしくまぎらわしいばかりでなく、証人沢井末造、名加幸治郎、西野直一の各証言と右沢井末造の証言によつて真正に成立したことを認める甲第二十六号証及び検甲第二号を総合すれば、原告会社は、わが国における花札、骨牌等の総製造高の約六十パーセントを占める製造販売会社であつて、その製造発売にかかる花札「大統領」は、同会社の製品のうち最も良質な代表的商品であり、業界及び世間においても、最も有名で信用ある商品として広く知られていることを認めることができるから、被告の登録商標を付した商品がこの原告の登録商標「大統領」と混同誤認されるおそれは、更に大きいものといわなければならない。

すなわち被告の本件登録商標は、原告の登録商標と類似するものと判断せられ、その指定商品において両者は互に牴触するものであるから、被告の商標の登録は商標法第二条第一項第九号の規定に違反してなされたものとして、同法第十六条第一項第一号により無効とせられることを免れない。

四、被告代理人は、被告会社は、本件登録商標を不正に使用する意図は全然なく、また当裁判所が前記認定の資料に採用した甲第十九号証及び甲第二十号証は、被告会社と全然関係のない訴外川菱商行が作成した値段表及び納品書であつて、同人がたとい故意または過失によつて、これらの書類に、被告の意図と異る表示をしたとしても、被告はこれが責任を負うべきものではないと主張するが、商標の登録が、商標法第二条第一項第九号の規定に違反してなされたとするには、必ずしも商標権者において、これを不正に使用する意図を有することを必要とするものではなく、また前記甲第十九号証及び甲第二十号証は、他の証拠と相まち、本件登録商標の指定商品の取引者、需要者が、該商品の取引購買にあたり、これを何と指称し、表示するかを認定する資料に供したものであつて、すでにこれら取引者、需要者間において、本件登録商標と原告の登録商標とがまぎらわしく、混同誤認のおそれがある以上、その原因が商標権者の意図によると否とを問わず、両商標を類似と認定するを妨げないものと解せられるから、右被告の主張は、これを採らない。

更に被告代理人は、骨牌の取引においては、必ず製造家の商号、家号、略称或は代表的商標を冠して需要され、容器のみならず花札、トランプの特定の一、二枚には必ずこれら標章が表示され他の商品とは著しく異なる特殊の取引慣習があるから、取引者需要者は製造家が何人であるかを容易に知ることができ、出所について混同誤認を生ずるおそれがないと主張し、その成立に争のない乙第三号証の一、二、三によれば花札、トランプの特定の札には必ず被告主張のような標章のあることが認められ、またその成立に争のない乙第四号証、甲第二十七ないし第二十九号証、当裁判所が真に成立したと認める乙第五、六号証によれば、花札の包装紙にも普通被告主張のような標章の付せられていることを認めることができるが、すでに前記三においてみたように、商標の略称である「大統領」の指称、表示のみによつて、花札が取引される事実もまた決して少なくない以上、乙第三号証の一、二、三にみられるようなこれら標章の付せられる事実も、被告の登録が、前記法案に違反するものと判断することを妨げるものではない。(ことに乙第三号の一、二、三にみられるような標章の記載は、証紙を以て封緘した包装の内容になされたものであつて、普通花札、トランプの購買に当つては、これを知ることができないものである。)

五、以上の理由によつて、被告の商標の登録は、原告の主張する商標法第二条第一項第九号又は第十一号に違反してなされたものではないとした審決は違法であつて、これが取消を求める原告の本訴請求はその理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

原告の登録第二二一二五六号商標

被告の登録第三八四八五六号商標

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